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柏レイソルのことをウダウタと書くBLOGです。

♯ 【ぶらり旅関東編】聖天山歓喜院長楽寺(妻沼聖天)

大型連休ですが特に遠出をする予定もないため、熊谷にある妻沼歓喜院に行ってきました。こちらには、去年の7月に国宝指定されたばかりの本殿があるのです。柏の自宅からR16→R122→R17と全て下道で2時間ほど。途中熊谷スポーツ公園の脇を通るルートです。

歓喜院貴惣門(国重要文化財)


参道の最初にある門ですが、3つの破風でできておりかなり特異な形の門だそうです。日本に現存する同じ形の門は他に3つしかないと公式HPに書かれています。そう書かれると残りの3つが気になるじゃないですか。

歓喜院聖天堂(国宝) 正面から


こちらが国宝の聖天堂。1735年から1760年にかけて再建されたそうです。2010年まで8年間かけて彩色を復元したそうでその費用は13億5千万とガイドの方が言ってました。

歓喜院聖天堂(国宝) 側面から


で、こちらの国宝ですが、700円払うと側面から背面までかなり近くで見ることができます。ボランティアのガイド付きで。権現造の形式で東照宮っぽいのですが、こちら分類上はお寺です。明治時代まで神仏習合だったので曖昧なんでしょうか。

聖天堂本殿側面の彫刻


側面の彫刻です。かなり細かく彫られてます。

妻沼聖天(妻沼聖天山HPより)
日本三大聖天のうちの一つに数えられる名刹です。
埼玉日光という別名もあり、本殿外壁の彫刻は豪壮華麗です。境内には数々の美しい建築物が点在しています。
また、古来より縁結びの神様として厚い信仰を集めています。
平成24年5月18日(金曜)に国の文化審議会から文部科学大臣に対して、妻沼聖天山の本殿である「歓喜院聖天堂」は国宝に指定するにふさわしいとの答申が出されました。同年7月9日(月曜)の官報にて告示があり、同日付で正式に国宝として指定されました。この度の国宝指定は、本県の建造物として初の栄誉であり、昭和25年の文化財保護法の制定以降、熊谷市においては初めての国宝指定となります。

 
:旅/寺/街/風景::
| 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) | |

♯ ACL韓国日記 その7 景福宮

昌徳宮を見た時点で15時をまわってましたので、5つの宮殿全部を見るのは諦めて、一番大きな景福宮に移動。
景福宮は、李氏朝鮮時代の王宮で、朝鮮総督府が置かれた場所です。

ソウルでは復元工事が積極的なので、10年前に訪れた時よりも復元が進んでいました。正門にあたる「光化門」の場所も2010年の工事で移動したようです。今は、市庁から延びる世宗路に「光化門広場」があり、その先に「光化門」が位置するようになっていました。

勤政門と勤政殿(韓国国宝第223号)


慶会樓(韓国国宝第224号)


雑像


屋根の上には動物が並んでいます。5匹だったり7匹だったりしますが必ず奇数で並んでいます。

 
:旅/寺/街/風景::
| 00:11 | comments(0) | trackbacks(0) | |

♯ ACL韓国日記 その6 昌徳宮

徳寿宮を見学した後は、地下鉄で移動し昌徳宮に。
昌徳宮は、景福宮の離宮的な存在だそうで、現存の韓国の宮殿の中で当時の面影が残っている宮殿のようです。ソウルの多くの歴史遺産は、豊臣秀吉の文禄の役や日韓併合などで焼失してしまっていますが、昌徳宮の正門、敦化門は1412年当初の建築で、ソウルに残っている木造の二層門としては最古のものです。

一番離れたところにある楽善斎は、李氏朝鮮最後の皇太子である李垠に嫁いだ梨本宮方子さまが晩年を過ごしたところだそうです。日本の皇族の方が韓国に嫁いだことは知らなかったのでちょっと驚きました。と同時に韓国の歴史にかなり興味を持ちました。韓国の歴史が簡単に学べる書籍とかあるのだろうか。

昌徳宮 進善門


昌徳宮 仁政殿


昌徳宮 楽善斎

 
:旅/寺/街/風景::
| 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) | |

♯ ACL韓国日記 その5 徳寿宮

2日目は朝起きてホテルから水原駅まで5キロくらい散歩しましてソウルに向かいます。
ソウルのスタジアム巡り(ソウルワールドカップ競技場や蚕室総合運動場)をするか、史跡巡りをするか迷ったのですが、史跡を巡ることに。ソウルへは10年ぶりの訪問なのでなかなか懐かしいです。

ソウルにある李氏朝鮮の宮殿5つ(景福宮、慶熙宮、徳寿宮、昌徳宮、昌慶宮)を回ります。12時から17時までにいくつ回れるかということで。まずはソウル駅から一番近い徳寿宮に。

大漢門


中和門と中和殿


昔御堂


大漢門前では、守門将交代儀式が行われてます。韓国語、英語、中国語に日本語でもアナウンスしてくれて、このあたりは海外からの旅行客向けでとても良いですね。京都や奈良はどうなんだろう?昔御堂は、彩色が施されていないのでとても日本っぽい感じがしました。

徳寿宮(wikipediaより)
徳寿宮はもともと成宗の兄月山大君の邸宅として造営された。しかしその後、豊臣秀吉による文禄の役で義州に避難していた宣祖は、1593年にこの邸宅を、戦火で荒廃した景福宮のかわりの臨時の王宮とした。そのときは貞陵洞行宮と呼ばれた。さらに光海君が居住。そのときには「慶運宮(キョンウングン)」と命名された。
しかし、光海君が昌徳宮(チャンドクグン)に移ると顧みられることなく廃墟となった。
1897年に高宗が慶運宮を改修し、1896年に閔妃が暗殺され、高宗がロシア公館に避難する事件が起きてからは、慶運宮に高宗は居住した。以後高宗が退位する1907年まで日韓保護条約の締結など大韓帝国の歴史の舞台となった。高宗の次の皇帝純宗は長寿を祈願して「慶運宮」を「徳寿宮」と改名し、現在にいたる。

 
:旅/寺/街/風景::
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♯ ACL韓国日記 その4 華城

華城行宮を後にして、一旦八達門に戻ります。ここから一周5.8キロの水原華城です。
一気に頂上の上まで階段で上がりますが、これが普段運動してない体には結構タフでした。も、あがってしまえばハイキングコースのような感じでお散歩気分。結局4/5周ほどしたのですが、結果的には八達門の西から上るのが一番キツイのかもしれません。長安門や華西門は道路わきから入れるので登らなくてすむので。

お城と言っても、日本の城というよりも中国のそれを色濃く受けていました。万里の長城には行ったことがありませんが、もっとスケールがでかいんでしょうね。

八達門(韓国 宝物第402号)


華西門


華城外周

 
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